2.症例
患者:64歳,女性
主訴:歯の欠損による咀嚼障害.
初診時のX線写真と口腔内所見:Fig.1に初診時のパノラマX線写真を示す.残存歯の歯槽骨吸収は中等度で欠損部顎堤の吸収は軽度であった.

は保存不可能のため抜歯した.Fig.2に

抜歯後の口腔内写真を示す.

に陶材焼き付け冠が装着され

は2次カリエスのためクラウンを除去した.残存歯は歯周病が進行しつつあるため歯肉の退縮,頬側傾斜,下顎前歯部の叢生が認められた.
治療方針:患者は問診時,下顎欠損に対し初めての義歯であるため通常のパーシャルデンチャーを希望した.そのためワイヤークラスプを維持装置とするレジン床義歯を装着した(Fig.3).義歯装着後,患者は機能的に満足したがクラスプに対し強い審美的不満を訴えた.
そこで,クラスプのない方法で補綴装置を計画した.患者は狭心症を有していたためインプラント等の外科的治療法は同意を得られなかった.そのため

,

にアタッチメントを組み込む義歯を装着することとした.fig.4に

の築造体と軟化象牙質を除去した状態を示す.

,

は動揺度が1,歯周ポケットが4mmで残存歯質が薄く,歯肉縁下まで達していた.Fig.5に

のX線写真を示す.歯根が細く,歯槽骨の吸収が中等度で歯周病が進行しつつあった.本症例では下顎前歯部に咬耗が認められ,欠損部顎堤の吸収は軽度で,上顎が有歯顎であることから下顎義歯に強い咬合力が働くことが考えられた.そのためアタッチメントは他の支台装置に比べ支台歯に対し,側方力を軽減でき歯周組織に力学的負担が少ない磁性アタッチメントを選択した.
Fig.6に

アタッチメント製作のための作業模型を示す.残存歯質は舌側に比べ頬側が低い状態であった.そのため根面板の頬側軸面が高くなり磁石構造体をのせる根面部の面積が小さくなった.fig.7にワックスアップ後,根面板上に磁石構造体をのせた状態を示す.対合歯とのスペースが不足していたため厚み径の小さいアタッチメントを検討した.本症例では

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と少ない支台歯で義歯の維持を得なければならないため磁性アタッチメントは維持力が強く,磁石構造体が根面部の形態と類似し,小さい根面部でも装着可能なマグフィットEX600を選択した.
Fig.8にキーパー付き根面板をレジンセメントにて合着した状態.Fig.9に使用義歯のワイヤークラスプを除去後,磁石構造体を取り付けた状態を示す.この段階で患者の審美的満足を得ることができた.
新義歯はコバルトクロムを用いた金属床義歯とした.

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のアタッチメント設置部は硬質レジン前装タイプとし清掃性を高めるため頬側を開放形態とした.Fig.10に示すように

では対合歯との間に硬質レジンを前装するためのスペースを確保することができなかった.そのため上顎舌側咬頭と咬合する部分はメタルにて製作した.Fig.11に完成義歯の咬合面観を示す.舌側は義歯の剛性を高め,垂直性遠心回転を阻止するためリンガルプレートとしさらに舌面レストを設置して,抗沈下能を付与した.
磁石構造体を使用義歯から撤去し,完成した新義歯に取り付け装着した(Fig.12).新義歯は調整により装着1ヶ月後,経過良好となったため大臼歯部の咬合面を白金加金の金属歯へ交換した(Fig.13).義歯装着後は定期的なブラッシング指導と咬合調整を中心とする義歯調整を行った.患者は機能性,審美性,装着感ともに満足した.
経過:Fig.14に新義歯装着2年半後の口腔内を示す.新義歯は維持,安定に問題なく経過良好であった.支台歯は動揺度1,ポケット4mmで,歯肉周囲に発赤,腫脹は認められなかった.Fig.15に同時期の

のX線写真を示す.歯槽骨の吸収や歯根膜腔はアタッチメント装着時と比べほとんど変化していなかった.
3.まとめ:このことから歯周疾患が進行しつつある症例では磁性アタッチメントを用いて,支台歯への側方力を減少し,安定した咬合を得ることにより支台歯の長期的保全が可能であることが示唆された.
4.参考文献
1)水谷 紘,石畑伸雄,中村和夫.磁性アタッチメントを用いた部分床義歯.東京:クインテッセンス,40-42.1994.
2)大山喬史.パーシャルデンチャーの設計ー維持装置の選択と配置ー.東京:日歯医師会誌,10-13.1987.
質疑応答
[0001]
通りすがりの磁石好き (東京都 )
審美性を考慮した、妥当な設計だと思います。
ただ、いかんせん経過が短すぎるという気が致します。(大学とはいえ、7年は必要と思います)
予想されるトラブルとして、キーパー部の丈が、結構あるために、
上顎との対合関係からみても、(アイヒナーB2)いずれ、回転沈下が起こり、
コーヌスと同様のトラブルの危険が、推察されます。
下顎舌側を広く被ったメタルフレームが、上記状況を少しは回避するかもしれませんが、
その部分の自浄性を失うデメリットも、せっかく磁性体周辺を解放したことと重ねると、ある種の矛盾を感じます。
また、右下5の縁下カリエスが深かった事による2次カリエスの心配は、
根面板の磨きにくさを含めて、継続する問題として考えねば、ならないと思います。
質問ですが、磁性体の装着について、気をつけていらっしゃる事はなんでしょうか?
私の場合は、とにかく上部構造に、直径1mm以上のトン路を付与しないと、必ず浮き上がる事を経験しています。
(ここのセキュリティが不明なため、匿名での投稿をお許しください)
--- Sat Feb 10 17:11:35 2001
[0002]
鈴木清貴 (鶴見大学歯学部歯科補綴学第一講座 )
Kiyotaka Suzuki (The First Department of Prosthetic Dentistry
,Tsurumi University School of Dental Medicine )
御質問ありがとうございます.
Fig11において少し見えにくいかもしれませんが本ケースでも義歯のアタッチメント設置部舌側では磁石構造体取り付時,義歯の浮き上がりを防止するためのレジン遁路を設けました.
磁石構造体を口腔内で直接取り付ることは常温重合レジンの収縮により磁石構造体とキーパーとの間にレジンが流れ込んだり,磁石構造体が浮き上がることによる維持力低下の原因となります.そのため磁石構造体は技工室にて前もってレジンハウジングを行いました.磁石構造体の義歯への取り付けはレジン収縮による浮き上がりを防止するためできるだけ少量の常温重合レジンですむようにしております.経過が短いことはご指摘の通りです.今後も経過観察を続けます.
以上
--- Thu Feb 15 14:13:42 2001
[0003]
通りすがりの磁石好き (東京都 )
有り難うございました。
今後の鈴木先生の、ご研究の発展をお祈りいたします。
匿名にて、失礼致しました。
--- Thu Feb 15 16:02:48 2001