I 諸 言
近年の高度先端技術産業,医療技術の高度化とその普及にはめざましいものがあり,人類はいままでに経験したことのないような強い磁場に曝される可能性が増加しつつあることから,バイオマグネティックス(磁場と生体との関わり合い)についての関心が高まり,血流速度,血流量の測定方法が考案され電磁流体力学が確立した事により,各分野から多くの研究報告がなされてきた.しかし,磁場の作用は物理領域において定量的に説明できるとしても,生体におよぼす影響は今なお不明な点が多いままである.また磁場が生体の循環系に与える作用については,古くから関心が持たれており,西欧の磁気ネックレス使用の記録は中世までさかのぼることができると言われている,国内においても健康機器として数千ガウスの磁性体を体表面に貼付して,周囲組織の血行を改善するといわれている商品が発売されているが,磁鉄塊に砂鉄,鉄器の着く有様は不可思議かつ神秘的な力を感じさせる点があり,なんとなく磁気が生体に有益な作用を持ちそうな印象は現在でも続いているようである.循環系には消化器や呼吸器で摂取した栄養素や血液ガスを各組織に運び,代わりに各組織から老廃物を腎や肺に運び体外に排出する役目をになう為に,心臓と血管が関与し,血圧や血流,心拍数を適当な値に保持しながら生体を維持している.演者らはこの中の血流に着目し,磁性アタッチメントが口腔内血流に対してどのような作用を及ぼしているのか,非接触型レーザー血流計の基礎的データを第7回磁気歯科学会にて報告した.今回はその結果を基に,磁性アタッチメントをヒト口蓋粘膜に貼付した時の,周囲組織血流を測定し検討を行ったので報告する.
II 方 法 画像をクリックすると拡大表示されます
今回実験で用いた磁性アタッチメントは,図1に示すように,モリタ社製ハイコレックススリム4513及び3013のマグネット単体およびマグネットにキーパーを付けた複合体を用いた,また血流測定には図2に示すように,アドバンス社製の非接触型レーザー血流計
ALF21Nbを用いて,血流を経時的に測定し,これを同社製のALF Loggerにて記録し,検討を行った.また測定用プローブは,先端直径
3oで,組織にむけやすいように屈曲しているものを用いた.
図1 図2
図3,4に示すように,本血流計による測定値はきわめて鋭敏で,血流量の大小に関わらず,心拍に一致した波動がみられた,波動の大きい人と小さい人があるが,いずれにおいても,ALF Loggerにて1秒ごとに前5秒との平均を算出し記録を行い,それらの1分間の平均値を求め,比較検討を行った.
図3 図4
図5に測定方法を示す.上顎の印象採得後,得られた作業用模型を用いて上顎右側第一大臼歯の歯頚部より正中に10oの口蓋部位を測定点とし,歯列を除く範囲をリリーフした後,0.8oのシーネを真空加圧成型プレスにて圧接し,外形を整え,即時重合型レジンによりプローブを固定し,前回の発表の結果より,測定プローブの位置を測定面から3oの距離で,しかも直角にするのが再現性が最も良好であることが分かったので,その方法を用いて通常時の血流量および,@4513のマグネット単体,A3013のマグネット単体,B4513の複合体,を測定点より近心方向1oの部位にシーネに固定し,周囲組織の血流をシーネ装着後,すなわち磁石作用直後より測定し検討を行った.
図5
なお被験者には20歳代の全身に異常がなく,口腔内清掃状態良好で粘膜の異常を認めない本学歯学部学生,男子5名を用い,測定時間は午後5時頃からとし,静粛な部屋を用い測定を行った.
III
結 果
図6 図7
図6に4513,図7に3013の結果を示す.
血流増加は4,5分でピークとなりその後,そのピークを維持した結果となった,マグネットを貼付する前と比べ4513で平均40%の血流の増加が見られた,同じく3013では平均35%の血流の増加が見られた.
図8
図8に磁性アタッチメント複合体の結果を示す.磁性アタッチメント複合体では口蓋粘膜血流は平均で20%の増加となった.前回行った本血流計の再現性の実験の変動範囲が20%であったことより,磁性アタッチメント複合体では,口蓋粘膜血流に影響はないものと思われた.
IV 考 察
すでに接触型血流計を用い,定常磁場により血流量が増加することを,鴨井ら1),塙ら2)により報告されているが,非接触型血流計を用いた今回も同様に,磁石による作用が歯肉表層直下の血流量を増加させることが示唆された.また閉磁路である磁性アタッチメント複合体の漏洩磁場により局所血流量が増加させられると,塙ら2)は報告しているが,今回の実験からは,血流量に変化はないとおもわれた.これは磁性アタッチメントの構造が研究された結果,漏洩磁場が減少されたものによると考えられる.
このような,定常磁場を人体に作用させたときの血流量の増加は,体内を動いている血液等の体液に起電力が発生するからであると中川3)は述べている.
V 結 論
1,磁性アタッチメントの磁場による影響では血流が若干増加すると考えられた.
2,磁性アタッチメント複合体の場合は血流に変化が認められなかった.
なお,さらに大きい磁場による影響は不明である.
また,以上の研究は平成10.11年度文部省科学研究費の援助を受けた.付記して感謝を呈する.
文 献
1)鴨井久博,松村彰子,大崎忠夫ほか:定常磁場と歯肉血流の関係について,歯学,81:181-190,1993.
2)塙 浩昭,森田修己:磁性アタッチメントの定常磁場が微小循環に及ぼす影響,歯学,82:832-846,1994.
3)中川恭一:続・磁気と人間,第1版サン・エンタープライズ(東京),19-21,1995.
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