現在,実用に供されている磁性アタッチメントの基本構造はカップ型とサンドイッチ型である。筆者らは3磁石スプリットポール型磁性アタッチメントの構造を提案しその磁気特性を報告した。さらに,4種類の磁化方向を持つシリンダ型磁性アタッチメントの磁気特性について報告を行ったが,着磁が最も容易と思われる1方向磁化型は磁性アタッチメントの吸引力として必要であろうとされる値が得られなかった。その原因が磁石構造体内部の磁気回路にあることが判明したので,磁石構造体ヨーク部に非磁性材料による楔型磁気スリットを設けて磁束がキーパー部に流れやすくした。この構造において吸引力は磁気スリットの無い場合の2.5倍以上となりカップ型やサンドイッチ型と同等となった。ここでは,このスリットの形状(楔形)を,より容易に実現可能であろうと思われる直方体(矩形)状にした1方向磁化シリンダ型磁性アタッチメントの諸特性の解析結果について報告する。
[ 解析について ]
図1に解析に用いた一方向磁化シリンダ型構造を示す。図1(a)は楔形スリットで,図1(b)は矩形スリットのモデルである。磁石構造体は,円筒状の磁石の内側と外側を軟磁性材料でサンドイッチにした構造である。スリットは非磁性材料で、図1(b)のような直方体(矩形)状をしており、磁石構造体回転中心軸に対称に設けられている。解析はこのスリット幅、磁石幅および磁石の半径などを変化して最適構造(最大吸引力を求める構造)を調べ,その基本特性を求めた。特性比較のため磁石構造体、キーパー外形および使用材料などの条件を同じとして楔形スリットモデル,市販型構造のカップ型、サンドイッチ型および3磁石スプリットポール型などについて最適構造を求め、比較検討を行った。すなわち、磁石構造体直径は4mm、高さ1.5mm、キ−パ−直径は4mm、高さ1mmとし、磁石はBr=1.3Tとし、軟磁性材料は磁性ステンレス(Bs=1.6T,μr=5000)とした。解析にはモ−メント法による3次元静磁場解析(MAGNA/JIBA:
CRC総合研究所)を用いた。
図5にギャップに対する復元力特性を示す。これはギャップが0mmの時の吸引力に対するギャップが生じたときの吸引力の割合であり、ギャップが生じたときの歯科補綴物に対する維持能力の指数となる。白線は楔形スリットで青い線が矩形スリットである。
図6に各種磁性アタッチメントのギャップ吸引力特性比較を示す。解析を行った矩形スリットを持つ1方向シリンダ型磁性アタッチメントの吸引力はカップ型と同等であり,他の構造より大きい。ギャップが大きくなると他の構造よりも急激に吸引力が低下する。
磁気スリットの構造を楔形から矩形状に変更したがギャップ吸引力特性と復元力特性には殆ど変化は無かった。従って,磁石構造体実現において楔形のような先鋭部が無いために加工に要する手数が減少すると思われる。着磁が容易な1方向磁化シリンダ型磁性アタッチメント磁石構造体部に磁気スリットを設ける事によって、吸引力はカップ型と同程度となった。この構造はギャップが0mmの時吸引力は大きく、ギャップが生じた時には吸引力が急激に低下する特性であるので、条件のあまり良くない支台歯を利用した歯科補綴物の維持や、この磁性アタッチメントとクラスプ等の機械的な力を併用した歯科補綴物の維持に有用であると思われる。
磁気特性に殆ど変化が無い原因は,キーパーとの接触面積が楔形スリットで0.56mm2であり,矩形スリットでは0.64mm2とよく似た面積のためと思われる。1方向磁化シリンダ型磁性アタッチメント磁石構造体に磁気スリットを設ける事によって吸引力が大きくなった原因は、このスリットが無い場合、多くの磁束が磁気抵抗の低い内側ヨークと外側ヨークの間で流れていたのに対し、スリット設けた場合では、この部分の磁気抵抗が大きくなるため、より磁気抵抗の低いキーパーに多くの磁束が流れ込むためであると思われる。
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質疑応答
[0001]
水谷 紘 (東京医科歯科大学 大学院摂食機能構築学分野 )
Mizutani, Hiroshi (Graduate School, Tokyo medical and Dental
Univ. Section of Removable Prosthodontics )
1.この矩形スリット磁性アタッチメントの最大のメリットは何でしょう。現在市販されているカップ型、サンドウィッチ型磁性アタッチメントに比較して優れている点を教えて下さい。
2.臨床サイドの立場からするとギャップによる吸引力の減少が大きすぎるように思われます。ハード面からの対策の可能性などありましたら教えて下さい。
--- Tue Feb 13 19:25:41 2001
[0002]
手川 歓識 (徳島大学医療技術短期大学部 )
Yoshinori Tegawa (Medical Sciences,The University of Tokushima
)
お答えいたします。
磁性アタッチメントの維持特性に対する要望は大きく分けて2種類あります。その1つは,吸引力が大きく磁石構造体とキーパーの間のギャップが大きくなっても大きな吸引力を発生するもの(復元力特性が良い)。この特性は様々な要因によって生ずるギャップの増大に対し有効な特性と考えます。これはスプリットポール改良型としてすでに筆者らが提案した。もう1つはギャップが大きくなると急激に吸引力が小さくなるものです(復元力特性が良くない)。これは条件のあまり良くない支台歯を利用できる点で有用な特性であると考えられます。これもシリンダ型磁性アタッチメントとして筆者らがすでに提案致しました。しかし,最も実現が容易と思われる1方向磁化型が磁性アタッチメントとして必要とされる吸引力が得られなかった。しかし,この構造に楔形の磁気スリットを設けることにより必要な吸引力を得た。しかし磁石構造体内部に楔形状の構造を設ける事は比較的大きな困難を伴うため,その形状を矩形とした1方向磁化シリンダ型についてその維持特性を検討した。
1.に対する解答
1方向磁化シリンダ型磁性アタッチメントはカップ型やサンドイッチ型と比較して吸引力低下が大きいので従来型の様な大きな復元力では使えなかった脆弱な歯が支台歯として利用できる。
2.に対する解答
これは質疑1.の解答と重なるところもありますが復元力低下が大きいのがシリンダ型磁性アタッチメントの特徴の1つですが,吸引力減少を補助する手段として機械的手段,例えばクラスプ等を併用すれば大きな吸引力低下を補助できると思われます。また,シリンダ型磁性アタッチメント磁石構造体内部の諸値を変える事によって復元力特性を変更する事も可能です。あるいは,現在実用に供されているカップ型またはサンドイッチ型の復元力特性を症例に応じて使い分ける事も考えられます。
--- Tue Feb 20 15:44:25 2001