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5.根面板の合着力に関する研究 -各種セメントの違いによる影響-

Study on Luting Force of a Keeper Coping -Comparison of Commercially Available Luting Agents-

○桃沢 泰,田中貴信,佐藤 徹,岸本康男,水谷憲彦,村田幸一朗,井上浩幸,森本敬太,文村武史

○Yasushi Momozawa,Yoshinobu Tanaka,Tohru Satou,Yasuo Kishimoto,Norihiko Mizutani,Kouichiro Murata,Hiroyuki Inoue,Keita morimoto,Takeshi Fumimura

愛知学院大学歯学部歯科補綴学第一講座
The First Department of Prosthodontics,School of Dentistry,Aichi-Gakuin University 

E-mail: 質疑応答の受付は終了しました

 


 

 

1.はじめに

 近年,磁性アタッチメントの技術的革新も目覚ましく,臨床での使用頻度が多くなってきているのが現状です.しかし,口腔内で磁性アタッチメントを維持装置として使用した場合,飲食物摂取時の咬合圧や口腔内温度の変動などの影響を受け,支台歯にセメント合着されたキーパー根面板のセメント層の破壊や溶出が促進され,根面板の脱離の可能性が考えられます.

 そこで、本研究では,抜去歯牙に根面形成を行い各種歯科用セメントを用いてキーパー根面板を合着した後、口腔内環境を想定した温度・荷重負荷を与えた場合、根面板の保持にどの様な影響を及ぼすかについて検討したところ興味ある知見を得たので報告します.

 


 

 

(図1) (図2)

 (図1)に本研究に用いた材料を,(図2)に試料作成手順を示します.

 本研究に用いた抜去歯牙は臨床に即し,抜去後10%ホルマリン水溶液中に保存した上顎犬歯を用いました.合着用セメントには,エリートセメント100以下ET、FUJI-1以下FJ,パナビアフルオロセメント以下PVの計3種を用いました.(図2)に示すように,実験試料は,被験歯歯冠部を、辺縁がエナメル質となるようにセメント・エナメル境より1mm上方で切断し,通法にしたがって根管充填を行った後,ピーソーリーマーと根管バー3号までを使用し,ポスト孔の形成を行いました.また,ポスト孔の長さは5mm,直径は約1mmとしました.次いで,試料の抜去歯牙を以後の作業能率向上のためエポキシ系樹脂にて植立しますが,この際,植立する上縁は形成面マージン部直下から1mmまでとしました.キーパー根面板は銀パラジウム金合金とキーパーを鋳接することにより作製しました.次いで,被着面にサンドブラスト処理を行った後,各種歯科用セメントにて根面板を合着し,試料としました.また,パナビアを用いて合着した試料の金属表面は付属の金属プライマー,また,形成面は,付属のエッチング剤,プライマーの2種類を用いて表面処理を行いました.なお,他の試料に関しては,特別な表面処理は行いませんでした.合着はメーカー指定の粉液比で行い,硬化まで荷重計にて2kgの荷重を与えました.試料数は各5個としました.


 

(図3)(図4)

 (図3)に実験1のブロックダイアグラムを,(図4)に模式図を示します.

 試料には熱サイクル負荷として5℃と55℃で各1分間,合計1,000回行い,次に5kgfで3万回の繰り返し垂直荷重を与えました.引っ張り試験は,(図4)に示すような専用治具を作製し,インストロン社製引っ張り試験機model-4443を用い,クロスヘッドスピード5mm /minにて行いました.


 

(図5)(図6)

(図5)に実験2のブロックダイアグラムを,(図6)に模式図を示します.

 実験1と同様に負荷を与え,右スライドに示すように,5%エリスロシン水溶液に30分間浸漬し,包埋,切断後色素侵入を観察しました.観察機器にはオリンパス社製光学顕微鏡SZX9を使用しました.


 

(図7)(図8)

 (図7)に引張試験の結果を示します.

 エリートセメント,ETでは負荷後で若干減小はしますが,両者間に有意な差は見られませんでした.フジI,FJの合着力は負荷前後で有意な差はなく,変化は認められませんでした.また,パナビアフルオロセメント,PVの負荷前の値は3種セメント中最も高い値を示しました.しかし,負荷を与えることにより合着力は減少し負荷前後の両者間に有意な差が認められました.

 (図8)に引張り試験後の鋳造体合着面の破断面写真を示します.

 ETでは,負荷前後ともに鋳造体合着面にセメント層が認められ,形成面とセメント層間の界面破壊によるものと考えられました.FJの負荷前の合着面では,セメント層における破壊が認められ,これは鋳造体合着面とセメント層間,およびセメント層と形成面間の2種類の界面破壊によるものと考えられました.また,負荷後では,ほとんどセメント層の破壊は認められず,形成面とセメント層間の界面破壊によるものと考えられました.PVの負荷前の破断面にはFJの負荷前と同様にセメント層の破壊が認められ,2種類の界面破壊によるものと考えられました.しかし,負荷後の破断面にはセメント層はほとんど認められず,鋳造体合着面とセメント層間の界面破壊によるものと考えられました.に引張試験の結果を示します.エリートセメント,ETでは負荷後で若干減小はしますが,両者間に有意な差は見られませんでした.フジI,FJの合着力は負荷前後で有意な差はなく,変化は認められませんでした.また,パナビアフルオロセメント,PVの負荷前の値は3種セメント中最も高い値を示しました.しかし,負荷を与えることにより合着力は減少し負荷前後の両者間に有意な差が認められました.


 

(図9)(図10)

 (図9)にETの負荷前の色素侵入試験後の顕微鏡写真を(図10)に負荷後の色素侵入試験後の顕微鏡写真を示します.

 負荷前ではマージン辺縁部およびポスト部の両者ともにセメント層と形成面間に色素の侵入が認められました.また,負荷後は負荷前と異なり,マージン辺縁部およびポスト部の両者ともにセメント層間に色素の侵入が認められました.


 

(図11)(図12)

 (図11)にFJにおける負荷前の色素侵入試験後の顕微鏡写真を,(図12)に負荷後の色素侵入試験後の顕微鏡写真を示します.

 負荷前では,マージン辺縁部において,僅かにセメント層と形成面間に色素の侵入が認められましたが,ポスト部には,ほとんど色素の侵入は認められませんでした.また負荷後では,負荷前の場合と比較し,マージン辺縁部およびポスト部においてセメント層と形成面間に色素の侵入が認められました.


 

(図13)(図14)

 (図13)にPVにおける負荷前の色素侵入試験後の顕微鏡写真を,(図14)に負荷後の色素侵入試験後の顕微鏡写真を示します.

 (図13)に示すPVの負荷前の顕微鏡写真は他の2種類のセメントとは異なり色素の侵入は,ほとんど認められませんでした.しかし,(図14)に示す負荷後の顕微鏡写真では,マージン辺縁部においてセメント層と鋳造体合着面に色素の侵入が認められました.


まとめ

 

 以上の結果より,3種セメントを用いてキーパー根面板の合着力を比較,検討したところ,引っ張り試験の結果から判断すると,パナビアフルオロセメントは,温度・荷重負荷を与えることにより合着力は他の2種セメントと比較し低下する傾向を示しました.また,色素侵入試験の結果から判断すると,色素がセメント層内に混入したのはエリートセメントのみでした.

今回はポスト孔の長さを5mmのみと規定しましたが,今後はポスト孔の長さや,セメントの種類を含め,検討していく所存です.



文  献
1)山下敦ほか:歯科接着性レジン.パナビアEXの歯科用合金に対する接着強さ(その2).貴金属合金との接着について.                            補綴誌,28(6):43〜53,1984.                                                 2)田中貴信:磁性アタッチメント ー磁石を利用した新しい補綴治療ー,医歯薬出版梶C東京,1992.
3)田中貴信:マグフィットシステム ーその臨床活用の要点ー,デンタルダイヤモンド社,東京,1993.
4)田中貴信:続磁性アタッチメント ー108門108答ー,医歯薬出版梶C東京,1995.
5)和田徹:パナビア使用上の要点,接着性レジンセメントとその臨床応用.クインテッセンス出版,東京,1986,191〜196   6)野口八九重,中村かおり,赤間ゆかりほか:歯質接着性セメントの接着強さの経時的変化 第1報 サーマルサイクル試験条件の設定,歯材器,5:660〜665.1986.
7)今井庸二:金属表面の新しい処理法,補綴臨床/別冊 接着歯科の最前線,256〜267,1994.

 

演者への連絡先
E-mail : 質疑応答の受付は終了しました
FAX : 質疑応答の受付は終了しました


質疑応答

[0001]
佐渡忠司 (佐渡歯科クリニック )
Tadashi Sado (Sado Dental Clinic )

興味深い発表ありがとうございました。
今回の研究ではキーパーのポストコア合着という観点での検討が行われましたが,一般的なポストコア合着の場合のデータとの差違はありましたでしょうか?
またキーパー付ポストコアが通常のポストコアと異なった力学的動態を示す可能性はあるでしょうか?

--- Tue Feb 6 09:43:43 2001

[0002]
桃沢 泰 (愛知学院大学歯学部歯科補綴学第一講座 )
YASUSI MOMOZAWA (The First Department of Prothodontics School of Dentistry Aichi-Gakuin University )

ご質問ありがとうございました.
今回の研究では,鎚打試験を行っているため,引っ張り強さは,一般的なポスとコアの引張強さと比較して,それぞれ減少する傾向が見られましたが,セメントの種類による引っ張り強さの傾向としては,一般的なポストコアとの差異は認められませんでした.
 また,キーパー根面板の力学的動態については,今回は応力解析を行っておりませんので,ポストコアと異なった動態を示す可能性の有無については今後の検討課題にしたいと思っております.

--- Wed Feb 14 10:59:18 2001

[0003]
塩沢育己 (東京医科歯科大学歯学部インプラント治療部 )

大変興味深く拝読いたしました.
 セメントの疲労に関しては,研究方法も難しく,なかなかクリアーな結果を得ることができないのが現実です.
 しかし,今回のご発表で,コンポジット系接着性レジンセメントの疲労が予想以上に大きかったことが明らかにされ,臨床で実際にレジンセメントを使用するにあたっての参考になりました.
 一点お伺いいたします.
 演者らは,現時点で,キーパー付き根面板の合着(接着)に,どのセメントを使用するのがもっともよいとお考えですか.また,そのときの臨床的な注意点がありましたら教えてください.

--- Fri Feb 16 13:33:52 2001

[0004]
桃沢 泰 (愛知学院大学歯学部歯科補綴学第一講座 )
Yasushi Momozawa (The First Department of Prothodontics School of Dentistry Aichi-Gakuin University)

ご質問ありがとうございました.
本実験では,接着性レジンセメントの使用がもっとも有用と考えています.
接着性レジンセメント使用の際には金属被着面の表面処理によって接着力が増加する可能性があると考えられます.特に,熱処理による酸化膜の生成や,Sn電析処理が有効であると考えます.

--- Thu Feb 22 15:08:27 2001


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