○山本浩子,田中貴信,中村好徳,水谷憲彦,津田賢治,出崎義規,増田達彦,連 直子,服部正巳
○Hiroko Yamamoto,Yoshinobu Tanaka,Yoshinori Nakamura,Norihiko Mizutani,Kenji Tsuda,Yoshinori Desaki, Tatsuhiko Masuda,Naoko Muraji,Masami Hattori*
愛知学院大学歯学部歯科補綴学第一講座
The First Department of Prosthodontics,School of
Dentistry,Aichi-Gakuin University
*愛知学院大学歯学部歯科補綴学第二講座
*The Second Department of Prosthodontics, School of Dentistry,
Aichi-Gakuin University
E-mail: 質疑応答の受付は終了しました
1.はじめに
1992年に我が国ではじめて紹介されたマグフィットシステムは比較的短期間で臨床現場に定着しました.
現在のマグフィットシステムではキーパーと根面板との接合に鋳接法を用いています.しかし,鋳接時の加熱により,キーパー吸着面の歪みや表面荒れが生じて吸引力の低下を招く可能性や,歯科用合金との境界部に残る酸化膜に起因する腐食の危険性など幾つかの問題点が指摘されてきました.
そこで,今回我々は,キーパー根面板を製作する上での,各行程における加熱が,キーパーに影響を与えるかどうかを確認する目的で,磁性ステンレス鋼AUM20とSUS447J1に各種熱処理を施し,これらの熱処理が,吸引力にどのような影響を及ぼすのか,また,2種ステンレス鋼の硬さ並びに結晶粒度に与える影響を検討し若干の知見を得たので報告します.
(図1)
(図2)
今回実験に用いた試料を(図1)に,実験項目を図2に示します.市販品として,マグフィットおよびハイコレックススリムの2種磁性アタッチメントと円盤状試料としてAUM20とSUS447J1の磁性ステンレス鋼を直径5mm,厚さ1mmに加工成形したものを用いました.実験1として,今回試作した吸引力測定装置を用いての,吸引力測定試験を,実験2として硬さ試験を,実験3として表面分析の計3実験を行いました.試料の加熱条件として,非加熱,100℃,200℃と順次100℃きざみで,1000℃までの計11種としました.加熱時間は,電気炉内にて1時間係留後大気中にて放冷し試料としました.各試料は3個で,計33個としました.
(図3)
(図4)
(図3)に実験方法を,(図4)に今回試作した磁性アタッチメント吸引力測定装置での模式図を示します.実験1の吸引力測定では,市販されているマグフィットEX600およびハイコレックススリムのキーパーを各条件にて加熱処理を施し試料としました.この測定装置は,縦ベアリングにて垂直方向への引張を規制するものであり,この時の引張抵抗力は,0.02g程度です.この治具により磁石構造体とキーパーとの中心軸が一致した状態で固定することにより,磁石構造体とキーパー吸着面に対して正確に垂直方向へ引っ張ることが可能です.この治具を,島津社製 小型卓上試験機EZ testに治具を固定し,磁石構造体吸着面とキーパー吸着面に空隙が生じた瞬間の吸引力について検討しました.各条件での試料数は3個とし,各試料を10回計測しました.
(図5)に,実験2の硬さ試験を,(図6)に表面分析の実験方法を示します.
硬さ試験では,AUM20とSUS447J1の円盤状試料に各条件下で加熱し試料としました.この試料の硬さを,(図5)に示す測定条件でロックウエルAスケール硬度計を用いて測定しました.
実験3の表面分析では,AUM20とSUS447J1の円盤状試料に各条件下で加熱し試料としました.各試料は,自動研磨盤を用いて1200番まで研磨後,0.3μ mのアルミナ粉末を用いて鏡面研磨まで行いました.さらに,研磨後蒸留水中にて5分間超音波洗浄を行いました.
試料の表面観察は(図6)に示す,オリンパス社製全自動顕微鏡写真撮影装置 PM-10ADSを用いて行いました.この時,各試料表面は,王水にて20秒間エッチング処理を行いました.
さらに,加熱処理後の試料を理学社製X線回折装置ローターフレックスRADーrXを用い右スライドに示す条件で,X線回折図形を求めました.
(図7)に実験1の吸引力測定,(図8)に実験2の硬さ試験の測定結果を示します.
(図7)に示す実験1のキーパーへの加熱による吸引力の変化についてみると,ハイコレックススリムおよびマグフィットともに非加熱の吸引力と比較して,各条件とも吸引力の低下は認められませんでした.
(図8)に硬さ試験の結果を示します.
非加熱試料での硬さは,AUM20 の方がSUS447J-1と比較し大きな値を示しましたが,AUM20は600℃付近より硬さは低下し,1000℃ではSUS447J-1の方が高い値を示しました.またSUS447J-1の場合においては500℃付近で僅かな硬さの低下が認められました.
(図9)にAUM20の金属顕微鏡写真を,(図10)にX線回折図形を示します.
非加熱では結晶粒が小さく,境界は不明瞭でした.しかし,加熱温度が高くなるに従い結晶粒の粗大化が認められ1000℃では顕著に粗大かした多角形の結晶粒が多数確認されました.このことより,AUM20の硬さが低下したのは,加熱温度が上昇するにつれ,結晶粒の成長が進むことによるものと考えられます.
(図10)にAUM20におけるX線回折図形を示します.
磁性ステンレス鋼に加熱を施すことにより,合金の磁気特性,耐蝕性を低下させる可能性があります.これは鉄クロムの金属間化合物であるσ相の出現によるものとされています.そこでX線回折図形を測定しました.
すべての加熱条件でのX線回折図形を,既存のJCPDSファイルを用いて同定したところJCPDSNo.06-0696であるFe が同定されました.また,同回折ピークには,JCPDSNo.34-0396であるFe-Crの回折ピークも重なって同定されました.よって,AUM20に加熱処理を行ったところ,著名なσ相の回折ピークまた,炭化物の回折ピークは同定されず,強磁性で体心立方格子であるフェライトの回折ピークのみ認められました.
しかし,非加熱の試料に比べ加熱温度が上昇するにつれ回折ピークにおけるX線強度の低下が認められました.これは,顕微鏡写真での結晶粒度の成長からもわかるように,加熱により結晶粒の成長が進むことにより,回折ピークの強度が低下したと考えられました.
(図11)にSUS447J-1の熱処理後の金属組織写真を(図12)にX線回折図形を示します.
(図11)の,SUS447J-1の金属組織像は,非加熱の状態で比較的結晶粒が大きいため,先のAUM20とは異なり拡大率を200倍に低下させて示します.700℃・1000℃の加熱で結晶粒の粗大化がわずかに観察されましたが,SUS447J-1については,AUM20のような結晶粒の著しい成長は観察されませんでした・
(図12)に示すSUS447J-1のX線回折図形では,AUM20の回折図形と同様に,著名なσ相の回折ピークまた,炭化物の回折ピークは,同定されませんでし
吸引力測定試験,硬さ試験,および表面分析の結果から判断すると,磁性ステンレス鋼に臨床上考えられる熱を加えることにより,結晶粒の粗大化による硬さの低下が認められました.しかし,吸引力の低下は認められず臨床上問題はないと判断されました.
演者への連絡先
E-mail : 質疑応答の受付は終了しました
FAX : 質疑応答の受付は終了しました
[0001]
水谷 紘 (東京医科歯科大学 大学院摂食機能構築学分野 )
Mizutani, Hiroshi (Graduate School, Tokyo medical and Dental
Univ. Section of Removable Prosthodontics )
臨床応用を考えた場合、キーパーは、埋没材中でしかもワックスも同時に焼却されるという非常に悪条件の下で加熱され、本実験条件のようにキーパー単体で加熱されることはありません。したがって考察に述べている「・・・吸引力の低下は認められず臨床上問題はないと判断されました.」というのは言い過ぎで、もう少し追加実験の必要があると思われますが?
--- Fri Feb 16 16:08:53 2001
[0002]
山本浩子 (愛知学院大学歯学部歯科補綴学第1講座 )
Hiroko Yamamoto (First Dept. of Prosthodontics, School of
Dentistry, Aichi-Gakuin Univ. )
御質問有り難うございました.
先生のおっしゃる通り臨床応用を考えた場合,キーパー単体での加熱のみでは,加熱条件として不足していると考えます.
今回は,基礎実験として,キーパーの単純な加熱による磁性ステンレス鋼の変性についての検討したものであり,今後追加実験として過酷な条件下での加熱による変性についても検討していきたいと考えております.
--- Thu Feb 22 17:55:00 2001