Application of cast iron-platinum keeper to collapsed denture for a patient with constricted oral opening: A Case Report
○大久保力廣1,前田祥博2,渡辺郁哉3,馬場直樹3,田中康弘4,細井紀雄1
Chikahiro
OHKUBO1, Yoshihiro MAEDA2, Ikuya WATANABE3,
Naoki BABA3, Yasuhiro TANAKA4, Toshio HOSOI
1
1鶴見大学歯学部歯科補綴学第一講座,
2鶴見大学歯学部歯科技工研修科,
3Baylor College of Dentistry, Dept. of Biomaterials Science,
4長崎大学歯学部歯科理工学講座
1Dept. of Removable Prosthodontics, Tsurumi University School of Dental Medicine
2The Dental Technician Training Institute, Tsurumi University School of Dental Medicine
3Dept. of Biomaterials Science, Baylor College of Dentistry
4Dept. of Biomaterials
Science, Nagasaki University Faculty of Dentistry
我々は優れた耐食性と高い吸引力を有し,鋳造可能な磁性Fe-Pt合金アタッチメントの研究開発を行ってきた[1, 2].図1はマグフィット(ジーシー),ハイコレックス(日立金属)を対象としてFe-Pt合金を用いた鋳造キーパーと既成キーパーの吸引力を比較したものである[1].既成キーパーに遜色のない吸引力が認められており,優れた耐食性に加え薄型の自由な鋳造成形が可能なことから,従来のオーバーデンチャーの支台装置に制約されない臨床応用法を検討してきた.
図2 a-dは第10回日本磁気歯科学会学術大会において報告した本アタッチメントの顔面エピテーゼへの応用例である[3].両眼窩組織を含む顔面正中部実質欠損の白人男性に対して,Montefiore Medical Center,長崎大学歯学部,鶴見大学歯学部の3施設が共同して,鋳造磁性キーパーを適用した顔面エピテーゼを製作した.このように,磁性体の鋳造が可能なことは厚みを制限される症例や形態の自由度が要求される症例において,特に有効と思われる.
今回は開口制限を有する患者に対して,本アタッチメントを臨床応用したところ,良好な結果が得られたので報告する.
図2 a-d 本アタッチメントを適用した顔面エピテーゼ
症例は69歳,女性.1998年12月に開口障害を主訴に本学口腔外科を受診.患者は約20年前よりリウマチ疾患のため開口制限が発現した.また初診より2ヶ月前の1998年10月に,くも膜下出血のため開頭手術が行われ,さらに開口障害が著しくなった.
初診時の開口量は15 mm以下で摂食が困難なだけでなく,歯科診療は不可能であった.そこで口腔外科にて開口練習器を用いた開口訓練が行われ,約1年後には最大開口25-26 mmまで回復した.翌1999年5月に下顎両側臼歯欠損に対する補綴を希望し,本学補綴科を受診した(図3 a, b) .図4 a-cは補綴科初診時の口腔内所見である.47,46,45,44,34,35,37が欠損しており,約5年前に製作されたレジン床義歯はクラスプ,フレンジが削除され,著しく小さな義歯となっていた.
図3 a, b リウマチと開頭手術による開口障害 図4 a-c 補綴科初診時の口腔内所見
1. 印象採得,咬合採得,蝋義歯試適
義歯製作にあたり,既製トレーの口腔内挿入が不可能だったため(図5 a),演者らが考案した分割式既製トレーにより概形印象を採得した(図5 b-d).本既製トレーは左右側の片顎トレーをトレーの柄を利用して一体化するもので,左右側の片顎トレーを別々に口腔内に挿入できるため,本症例のように開口制限のある患者や小口症患者の印象採得に特に有効である[4].
精密印象は個人トレーの口腔内挿入も不可能だったため,分割式個人トレーを製作して行った(図6 a-c).本個人トレーはテーパーを付与した左右側のトレーの柄にレジンの枠をはめ,一体化を図るものである[5].
咬合採得は分割式咬合床を製作して行った(図7).最終的な義歯は咬合床のように完全にツーピースとなる分割型ではなく,分離しない折り畳み型を選択し,折り畳み型の蝋義歯を製作した(図8).蝋義歯のヒンジ部には事務用クリップを使用し,将来的に折り畳み義歯が口腔内に挿入できるか否かの診断も併せて行った.
図6 a-c 分割個人トレーによる精密印象
2. 義歯設計
義歯設計は 38にキャップクラスプ,43,33にキャストクラスプを設置し,リンガルプレートを用いた金属構造義歯[6]とした.義歯構造は口腔内への挿入を可能とするため,右側の遊離端欠損部義歯床を折り畳み型とし,蝶番運動が可能となるように下部および上部フレームワークをヒンジ(スイングロックアタッチメント,アイデアディベロップメント)により連結した(図9).一方,上下顎の最小クリアランスは約4 mmしかなかったため,最も薄い既製の磁石ハイコレックススリム・マグネット(日立金属)と自由に成形できるFe-Pt鋳造キーパーを組み合わせ,上部義歯床と下部義歯床を連結することにした.
図9 折り畳み義歯の構造
3. 義歯製作
下部および上部フレームワークはコバルトクロム合金(クルタニウム,クルップ社)により別々に鋳造製作し,まず鋳造キーパー (図10 a)と下部フレームワーク(図10 b)をレーザー溶接により一体化した(図10 c, d).次にヒンジ部において下部フレームワークと上部フレームワークをレーザー溶接し(図10 e) ,3者の一体化を図った(図10 f).
通法に従い,レジン填入,重合,研磨完成したが,鋳造キーパーに適合するようにメタルティース直下にハイコレックススリム・マグネット(#3513)3個を埋入した.図11 a, bは完成した折り畳み型の金属構造義歯である.
図10 a-f レーザー溶接によるフレームワークの一体化
図11 a,b 完成義歯
4. 装着
本義歯は右側義歯床上部を舌側に回転開拡することにより,頬側フレンジと後縁の張り出しがなくなるとともに,人工歯部の高さだけ義歯の高径が低くなり,口腔内挿入が可能となる.すなわち右側義歯床を拡げた状態で歯列弓内に挿入し,挿入後に固有口腔内で義歯床上部をもとに戻し,下部義歯床に一致させるわけである(図12 a, b).
図13 a, bは口腔内装着状態である.上部義歯床と下部義歯床は磁性アタッチメントにより強固に連結し,咀嚼中の離脱も認められない.
5. 経過
2回目の調整時から,義歯に対する不満事項は消失したが,装着から3ヶ月経過時に 38キャップクラスプの破折が認められた.しかしレーザー溶接を行い再接合することにより,再使用が可能となった(図14 a, b).現在,装着から約1年2ヶ月経過するが,義歯の折り畳み部に支障はなく,接合部の吸引力も良好で,患者はとても満足している.
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図14 a, b レーザー溶接によるクラスプの破折修理
著しい開口障害を有する一症例に対して,市販の鉄ネオジム磁石に自家製鋳造Fe-Ptキーパーを使用した折り畳み義歯を設計,製作することにより,義歯の装着が可能となった.
装着後のFe-Pt合金磁性アタッチメントの吸引力に変化はなく,優れた耐食性も保持しており,本合金の臨床応用の有効性が示唆された.
[1] Watanabe I, Tanaka Y. Fukunaga H, Hisatsune K, Atsuta M. Attractive force of castable iron-platinum magnetic alloys. Dent Mater, 17:197-200, 2001.
[2] Watanabe I, Hai K, Tanaka Y. Hisatsune K, Atsuta M. In vitro corrosion behabior of cast iron-platinum magnetic alloys. Dent Mater, 17:54-61, 2001.
[3]渡辺郁哉,田中康弘,熱田 充,大久保力廣,細井紀雄,Kurtz K S:鋳造Fe-Pt磁性キーパーを用いたインプラント維持エピテーゼ,日本磁気歯科学会第10回学術大会後縁抄録集,23,2000.
[4]大久保力廣,大久保千佳,細井紀雄:分割既製トレーの研究開発,Dental Review, 61: 103-105, 2001.
[5]大久保力廣,前田祥博,杉山浩一,鈴木恭典,石川佳和,細井紀雄:小口症および開口障害を有する患者の印象採得,鶴見歯学,28: 145-151, 2002.
[6] Ohkubo C, Kurtz K S, Suzuki Y, Hanatani
S, Abe M, Hosoi T: Comaparative study of maxillary complete dentures constructed
of metal base and metal structure framework. J Oral Rehabil, 28: 149-156,
2001.
演者:大久保力廣(質疑応答の受付は終了いたしました。)
質疑応答
[0001] 星合和基 (愛知学院大学歯学部 ) hoshiai kazumoto (Aichi-Gakuin University
) kazumoto@dpc.aichi-gakuin.ac.jp 術後約1年の経過で順調な予後を示しているようですが,ヒンジ部などの破断も考えられ,耐用年数はどの程度とお考えでしょうか?
--- Sat Feb 16 15:23:12 2002
[0002] 木内 陽介 (徳島大学工学部 ) Yohsuke Kinouchi (Faculty of Engineering,
The University of Tokushima ) kinouchi@ee.tokushima-u.ac.jp
新しいユニークな工夫をされているものと思います。分離分割型と比べ、折り畳み型の優れているところは何でしょうか。
--- Sat Feb 16 21:44:51 2002
[0003] 大久保力廣 (鶴見大学歯学部歯科補綴学第一講座
) Ohkubo Chikahiro (Dept. of Removable Prosthodontics,
Tsurumi University School of Dental Medicine
) okubo-c@tsurumi-u.ac.jp 一般にヒンジ部は破折しやすいようですが,本義歯においては平面キーパーと下部義歯床頬舌側面が上部義歯床内面に嵌合し,咀嚼時に機能力がヒンジに伝搬しないよう留意,製作しておりますので,ヒンジの故障を防げるものと思われます.耐用年数は10年以上を想定しています.
折り畳み型義歯は分離分割型義歯に比較して,ヒンジにより可動方向が規制されるため着脱の操作が容易になると思われます.また,清掃,保管といった取り扱いでも有利であり,さらに可動部の未装着使用や紛失を防止することがですることができると考えます.
--- Wed Feb 20 17:16:01 2002