鋳造鉄白金磁性合金を応用した分割総義歯の一症例

 A clinical case report of sectional collapsed complete denture using cast Fe-Pt magnetic alloys

○馬場直樹1, 渡邊郁哉3, 田中康弘2, 大久保力廣4, 熱田充1

Naoki Baba1, Ikuya Watanabe3, Yasuhiro Tanaka2, Chikahiro Ohkubo2, Mitsuru Atsuta1

1
長崎大学歯学部歯科補綴学第一講座
2 長崎大学歯学部歯科理工学講座,
3 Baylor Collage of Dentistry Texas A&M University Sys. HSC.,
4 鶴見大学歯学部歯科補綴学第一

1 Dept. of Fixed Prosthodontics, Nagasaki University School of Dentistry
2 Dept. of Biomaterial Science, Nagasaki University School of Dentistry
3 Baylor Collage of Dentistry Texas A&M University Sys. HSC.
4Dept. of Removable Prosthodontics, Tsurumi University School of Dentistry



 緒言.

近年, 我々はFe-Pt磁性アタッチメントシステムの開発を行った結果, 磁石材として従来のFe-39.5%atPt-0.75at%Nb合金, Fe-36%atPt合金が高い吸引力と優れた耐食性を有するキーパー材として応用できることがわかった. 今回, これらのFe-Pt磁性アタッチメントシステムを小口症のため義歯の着脱が困難な患者に対して臨床に応用し良好な結果が得られたので報告する.

症例.

患者:67歳(女性)

小口症のため新義歯の製作及び義歯の着脱が困難なため, 開業医より長崎大学歯学部補綴科を紹介されて受診. 初診時, 患者の最大開口時の直径は約3cmで周囲は100mm以下で既成トレーの挿入も困難な状態であった. (図.1)




図.1最大開口時の正面観



治療経過.

印象採得, 咬合採得:

分割既成トレーにて概形印象採得を行い, 分割式個人トレーを製作し, シリコン印象材にて上下顎の精密印象採得を行った. (図.2 a, b)

分割式個人トレーは中央で二分割できるようになっており, 印象採得後に正確に元に戻すことができるようにした.
作業模型を製作後, 分割折畳み式咬合床(図.3 a, b)を既成の磁性アッタチメント(ハイコレックス, 日立金属社)と事務用クリップを簡易的に用いたヒンジにより製作した.この咬合床を用いて咬合採得を行った後, 平均値咬合器に作業模型を装着し人工歯配列を行った.




図.2 分割式個人トレー





図.3 分割式折畳み式蝋義歯



義歯製作:


義歯の設計は, 前歯部をFe-Ptアタッチメントにより分割でき, 義歯中央部に設けたヒンジ(スイングロックアタッチメント, アイデアディベロップメント社)により折畳むことができるようにした.磁性アタッチメント部はキーパーを凸型に, 磁石を凹型のデザインにし前歯部を臼歯部に正確に結合するとともに, ヒンジ部への応力集中をさけるようにした.
ヒンジ付きのCo-Crメタルフレームは左半分を耐火模型上でワックスアップしヒンジ部はスイングロックアッタチメントのプラスチックパーターンを用いて通法に従い鋳造を行った. 次に模型上にもどした左半分のフレームを使用し右半分のフレームをキャストオンテクニックにて作製した. (図.4 a, b)




.4 メタルフレーム



Fe-PtアタッチメントはCo-Crメタルフレームを戻した模型上でキーパーをワックスアップしチタベストCB(モリタ社)にて埋没し高周波溶解遠心鋳造機(イーグル, ジェレンコ社)を用いて鋳造を行った. キーパーは溶体化処理を行った後, Co-Crメタルフレームとレーザー溶接した(図.5).





図.5 キーパーとメタルフレームのレーザー溶接部



磁石は研磨したキーパー上でワックスアップを行いキーパーと同様に製作した(図.6 a, b).

磁石熱処理(溶体化処理と時効処理)を行い着磁装置にて着磁した. 着磁した磁石はレジン重合時に前歯部に埋入した.




.6 Fe-Pt磁石



.7 a-c は完成した義歯で前歯部を取り外すことが可能で, 臼歯部をヒンジにより折畳むことができる.






図.7 完成した分割折畳み式総義歯




義歯の装着:

義歯の装着は臼歯部を折畳んだ状態で口腔内に挿入し(図.8 a), 口腔内にて臼歯部を押し広げた後, 前歯部を挿入し臼歯部と結合させる(図.8 b).下顎についても同様に臼歯部を挿入し前歯部を結合する. 図.8 cは口腔内装着状態である. 図.9に示すように義歯を結合した状態では口腔内への挿入は不可能である.







図.8 分割折畳み式総義歯の口腔内装着




図.9 義歯を結合した状態での口腔内挿入



経過:

義歯装着から約1年が経過するが磁性アタッチメント部の吸引力, ヒンジ部ともに支障はなく, 義歯の口腔内挿入も簡便となり患者は大変満足している.


まとめ.

小口症により義歯の装着が困難な患者に対し, Fe-Pt磁性合金を用いて分割折畳み式総義歯を製作した, 義歯の装着が可能となり磁性アタッチメント部の吸引力の低下も認められず, 義歯の設計に合わせた形にアタッチメントを自由に成形できることなど本合金の臨床応用の有用性が示唆された.


参考文献

[1]Watanabe I, Tanaka Y, Fukunaga H, Hisatsune K, Atsuta M. Attractive force of castable iron-platinum magnetic alloys. Dent Mater;17:197-200, 2001.
[1]Watanabe I, Hai K, Tanaka Y, Hisatsune K, Atsuta M. In vitro corrosion behabior of cast iron-platinum magnetic alloys. Dent Mater;17:54-61, 2001.


質疑応答

[0001] 木内 陽介 (徳島大学工学部 )
Yohsuke Kinouchi (Faculty of Engineering, The University of Tokushima ) kinouchi@ee.tokushima-u.ac.jp 1.本症例で鉄白金磁性合金キーパを用いた場合の臨床的特徴は何でしょうか。 2.鉄白金磁性合金と磁性ステンレスを用いる場合、臨床上の取り扱い方はどのように異なるでしょうか。 --- Tue Feb 12 20:42:09 2002

[0002] 馬場 直樹 (長崎大学歯学部歯科補綴学第一講座 ) Naoki Baba (Dept. of Fixed Prosthodontics, School of Dentistry, Nagasaki University ) nbaba@tambcd.edu 質問1本症例で鉄白金磁性合金キーパーを用いた場合の臨床的特徴は何でしょうか。  各患者さんの修復物に合わせて自由に鋳造成形が出来る事が一番の特徴と考えてい ます。このことは市販の歯科用磁性アタッチメント(大きさに制限あり)に比べ、ど のような大きさにも鋳造作製できますので、側方力に弱いインプラントの全顎的上部 構造体(オーバーデンチャー等)の維持等にも期待できます。また、同種で組成の近 い合金系で磁石とキーパーの両方を作製するので、耐食性の向上も期待できます。 質問2鉄白金磁性合金と磁性ステンレスを用いる場合、臨床上の取り扱い方はどのように異なるでしょうか。  ステンレス鋼の場合、キーパーはメタルコア等に鋳接を行うことが多いと思われま すが、鉄白金磁性合金の場合熱処理後に、加熱処理等を行うと磁性(吸引力)が低下 する恐れがあります。特に鉄白金磁石の場合、時効処理および着磁後の加熱はその磁 性を低下させます。したがって鋳接や溶接等の熱を広範囲に加える処理は避けたほう がよいと思われます。今回の症例でも用いたように熱の影響の少ないレーザー溶接を 行うとか、メタルコア等でも全体を鉄白金磁性合金だけで鋳造製作すればいいと思わ れます。 --- Wed Feb 13 04:55:13 2002


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