歯科用電子機器による

心臓ペースメーカーへのEMI


A Study on Electro-Magnetic Interferences for Cardiac Pacemakers cause of Dental Electric Equipments

○菅 武雄,飯田良平,梁 洪淵,

堀江薫雄,丸谷久美子,森戸光彦

○Takeo Suga, Ryohei Iida, Koufuchi Ryo,
Shigeo Horie, Kumiko Maruya, Mitsuhiko Morito

鶴見大学歯学部 高齢者歯科学講座
Department of Geriatric Dentistry, Tsurumi Univ. School of Dental Medicine


不整脈治療において心臓ペーシングは飛躍的に進歩した領域であり,在宅や施設入所者はもとより,外来患者にもペースメーカーを装着している患者が増加している.それに伴い電子機器による心臓ペースメーカーへの電磁障害(Electoro-Magnetic Interference以下EMI)が問題となっている.歯科診療においても種々の電子機器の使用は不可欠であるが,歯科用電子機器による影響は十分に調査されているとはいえない.問題となるのは,デマンド型と呼ばれる心臓ペースメーカーである.

デマンド型のペースメーカーは,患者の心拍をセンサーで監視しながら,不整脈発生時のみペーシング動作する.現在使用されているペースメーカーの多くがデマンド型ペースメーカーである.われわれは「安全で確実な歯科診療システムの構築」を目的に,ペースメーカー製造・販売会社と共同で心臓ペースメーカーに対するEMIを調査したので報告する.


研究方法
実験は本学附属病院の各科診療室で使用中の歯科用電子機器12種24機種に対して行った(Fig. 1).同時にCT,MRIなどの環境も合わせて調査した.調査は電界計測器を用いた外部漏洩電磁界測定をスクリーニングとして行い、交流磁束密度と静磁束密度の比較的高値が測定された機器に対して、シミュレーション模型を用いたEMI測定を行った。

Fig.1 調査対象

歯科用電子機器 環境
レーザー照射機(2) CT室内
超音波スケーラー(3) MRI室内
可視光線照射器(5) MRI屋外
電動歯ブラシ(1) MRI隣接施設
高周波メス(2) パノラマX線室
電気的根管長測定器(2)
歯髄診断器(3)
イオン導入器(1)
技工用トーチ(1)
治療用エンジン(2)
治療用タービンヘッド(1)
心電図テレメーター(1)



測定は生体をシミュレートした人体模型内の水槽に生理食塩水を満たし、水深12mm下に電極リード線を装着したペースメーカーを設置し、実際の診療環境におけるEMI発生の有無とその条件また安全な使用方法の条件を調べた(Fig.2)。
測定結果はすべて記録紙に出力し,分析を行った.




Fig. 2 測定風景


心臓ペースメーカーの動作モードはAAIモードに設定し、センシング設定は最悪条件での影響を調べるために、感度最高の 0.5mV を基準とした.


結果

調査した歯科用電子機器のうち,心臓ペースメーカーへのEMIが観察された機器が数種類確認された。(Fig.3)


Fig. 3 雑音による影響が観察された例.
(ペーシング動作には影響は見られない)


これらの機器は2つのタイプに大別できた(Fig. 4).



Fig. 4 タイプ分類
Type 1 漏洩する外部漏洩電磁界によりペースメーカーへ影響を与えるもの
Type 2 直接口腔内に接して通電することにより影響を与えるもの


いくつかの電子機器に心臓ペースメーカーへの影響が観察され、歯科用電子機器の使用についての注意点が示唆された(Fig. 5)。


Fig. 5 心臓ペースメーカー装着者に対する注意点

Type 1 電源部,整流回路を患者から十分に離して使用する
Type 2 原則的には使用を避ける.使用する場合には回路を形成し,操作タイミングに注意する



 今回はペースメーカーの感度を最高とし、最悪の条件を想定しての実験であったが,電子機器の特性を理解し,使用方法に注意すれば心臓ペースメーカー装着者に対して歯科診療自体の制限をもたらすものではないと考えられた。




まとめ
ペースメーカーの進歩は著しく、種々の電磁障害に対するプロテクトは進んでいるが、複雑化および高度化による新たな障害の発生の可能性も否定できず、また歯科用電子機器も日進月歩で、その組み合わせによる障害発生は予測が難しい部分でもある.

 しかし,ペースメーカーを装着しているというだけの理由で診療拒否があったり,過度の診療制限が行われることは望ましいことではなく,反対に患者の条件を配慮することなく危険にさらすこともあってもならない.電子機器およびペースメーカーの相互の特徴を理解し,正しい知識をもって安全で確実な診療を目指したいと考えている.


謝辞
調査にあたり協力いただいた、日本メドトロニック株式会社豊島様・村上様,および株式会社ヘルツ柴崎様にこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

本研究は文部省科学研究費により行われた.

補足説明:本来なら,EMI発生の具体的な波形を掲示するべきところですが,ネット上での公開はEMI波形データの悪用の恐れがあるという考えから,波形画像の公開は見合わせました.ご了承下さい.

演者:菅 武雄 (質疑応答の受付は終了いたしました。)


質疑応答

[0001] 長澤 亨 (朝日大学歯学部 )
Tooru Nagasawa (Asahi University School of Dentistry ) nagasawa@dent.asahi-u.ac.jp 心臓ペ−スメ−カ−患者には電気メスは禁忌であるといわれますが、実際に障害を与える歯科用器具の名称を教えてください。磁性アタッチメントは何も障害はありませんか? --- Wed Feb 6 10:44:44 2002

[0002] 菅 武雄 (鶴見大学歯学部 高齢者歯科学講座 ) Takeo Suga (Department of Geriatric Dentistry, Tsurumi Univ. School of Dental Medicine ) "suga-t@tsurumi-u.ac.jp" 測定結果では,影響が観察された機器が何種類かございました. それらはポスターにもありましたように2タイプに分類できました. Type 1 の機器には,禁忌とされていた電気メスなどの機器が含まれていますが,今までノーマークだった機器の中に影響が大きかったものが見つかっています.ある普及型の光重合レジンの照射器などは,28センチまで影響が観察されたものがありました.これは想像以上の影響の大きさでした.今後,具体的なプロテクトを考えなければならない,という段階です. レーザーメスの電源部なども,接近条件では影響が観察されました.整流回路と考えられますが,いずれにせよ,電源部分に接近する事は注意が必要だと考えます. Type 2 の機器は,いずれもペースメーカー直近への通電条件での測定でしたので,通伝系の機器,たとえば根管長測定器,イオン導入器,歯髄電気診断器などには影響が見られたものが多くございました.使用方法,たとえば電源のOn/Offの繰り返しによって影響が観察されたものもあり,使用方法の具体的な検討も必要なことがわかりました. 現在のところ,メーカー名や機種名を公表するのは避けたいと考えています.業界への影響が大きいと考えられますので.同様に,障害波形も悪用された例があるそうでネットでの公開は避けました.結果としてあいまいな発表になってしまって申し訳なく思っています.詳細は近々論文にて発表したいと考えています.ご迷惑おかけします. また,磁性アタッチメントによる影響は観察されていません. --- Thu Feb 7 18:04:01 2002

[0003] 木内 陽介 (徳島大学工学部 ) Yohsuke Kinouchi (Faculty of Engineering, The University of Tokushima ) kinouchi@ee.tokushima-u.ac.jp ペースメーカの誤動作を防ぐため、電磁波遮蔽を備えた衣服がありますが、これを着用した場合、外部漏洩電磁界の影響は受けないでしょうか。 --- Tue Feb 12 20:58:15 2002

[0004] 菅 武雄 (鶴見大学歯学部 高齢者歯科学講座 ) Takeo Suga (Department of Geriatric Dentistry, Tsurumi Univ. School of Dental Medicine ) suga-t@tsurumi-u.ac.jp すべての遮蔽は困難だと考えています. 単一要素のEMIには効果があっても,外部漏洩してくるもの,磁界の影響をもってくるもの(回り込んでくるものも含めて)と,すべての条件に有効なプロテクトはあり得ないのではないかと考えています. 結果として,影響を与える機器の種類や使用条件によって,対策を講じる必要がある,というのが現状です. そういった意味で,我々は無知であると言えるのではないでしょうか. この研究は,今後も現実的な視点で継続したいと考えています. --- Thu Feb 14 00:56:18 2002

[0005] 木村 幸平 (東北大学大学院歯学研究科咬合機能再建学分野 ) Kohei Kimura (Tohoku University Graduate School of Dentistry Division of Fixed Prosthodontics ) kimura@mail.cc.tohoku.ac.jp 磁性アタッチメントの影響は無かったとのご報告でしたが、ペ−スメ−カ−以外の歯科用電子機器への磁石構造体のEMIについての情報がありましたら、教えていただきたい --- Mon Feb 18 14:35:23 2002

[0006] 長澤 亨 (朝日大学歯学部 ) Tooru Nagasawa (Asahi University School of Dentistry ) nagasawa@dant.asahi-u.ac.jp 木村先生の質問と重なりますが、歯科用以外の電子機器に対してはいかがでしょうか?例えばピップエレキバンには「併用しないでください」というなかに、ペ−スメ−カ−等の体内埋込型医用電子機器、人工心肺等の生命維持用医用電子機器、心電計等の装着型医用電子機器、その他家庭用治療器 などが書かれています。 --- Tue Feb 19 16:39:45 2002




プログラムへ戻る