磁性ステンレス鋼の変色に関する基礎的研究

−異種金属との接触,非接触状態の影響−

 ○彦坂達也,水谷憲彦,星合和基,田中貴信,佐藤 徹,岡崎祥子,連 直子,平井秀明,鶴田昌三*

 

愛知学院大学歯学部歯科補綴学第一講座

*歯科理工学講座


Fundamental Studies on Discoloration of Magnetic Stainless Steel

-The influence of contact with different kind of metal-

○Tatsuya Hikosaka, Norihiko Mizutani, Kazumoto Hoshiai,Yoshinobu Tanaka

Tohru Satou, Sachiko Okazaki, Naoko Muraji, Hideaki Hirai and Shouzou Tsuruta*

 

The First Department of Prosthodontics, School of Dentistry, Aichi-Gakuin University

Department of Dental Materials Science*


・.はじめに

 磁性アタッチメントは可撤性義歯の支台装置としてだけでなく,特に最近では,インプラント支台のオーバーデンチャーへの利用なども試みられており,我々も磁性アタッチメント(マグフィット)開発直後からMagnoimplant Systemの実用化に関して試行錯誤を重ねてきたが,主要な問題点は,キーパー自体の機械的強度と異種金属間の腐食であることを確認している.

 この腐食に関しては,Fig.1 に示すように,磁性アタッチメントをキーパーに用いた場合,磁性ステンレス鋼とフィクスチャーに用いられる純チタンあるいはチタン合金との間で異種金属接触腐食が生じる可能性が危惧される.そこで今回,異種金属との接触状態および非接触状態の影響について変色試験を行った.

        

Fig.1 Image of Magnoimplant System

・.実験方法および材料

1.実験材料

 試料は今回使用した各試料の組成をTable.1 に示す.

・磁性ステンレス鋼(以下AUM20) ニッケルを含まず,クロム量を増加させたステンレス鋼

・純チタン(以下Ti)

・Ti-6Al-4V(以下Ti64) β安定化元素のバナジウムを添加したα+β合金

・Ti-29Nb-13Ta-4.6Zr(以下TNTZ) 愛知学院大学と豊エ技術科学大学で共同開発,研究されている生体用β型チタン合金で,近年,生体為害作用が指摘されているAlとVを添加せず,毒性のない構成元素としてβ安定元素であるNb,Taを添加し,純Tiより優れた強度や骨組織に近い弾性率を追求した合金

 今回使用した試料の模式図をFig.2 に示す。各試料をFig.2 に示すように切断加工後,エポキシ系樹脂に包埋し,#800まで研磨を行なった.さらに,単体試料の他に,インプラント体を想定して,AUM20とTi,Ti64およびTNTZの組み合わせ試料についても検討した.組み合わせ試料は,板状試料の測定面を輪ゴムにより固定し,密着させた接触試料および0.2mmのプラスチックシートで隙間をもうけた非接触試料とした.

        

Table.1  Alloys tested in this study

Fig.2 Schematic illustrations

2.実験方法

 実験方法をTable.2 に示す.試験溶液としては,0.9%NaCl溶液と,フッ素含有歯磨剤と洗口剤を想定した0.1MNaF溶液および0.3MNaF溶液を用いた.これら3種試験溶液をガラス瓶に50ml採取し,その中にそれぞれの試験片を浸漬した後,温度37±1℃の恒温槽中に静置した.浸漬日数は,3日,7日,14日とし,色彩色差計を用いて L,a,b を測定し,変色試験前の各値を対照として色差(ΔE )を求めた.各試験条件での試料数はそれぞれ3個とし,平均値および標準偏差を求めた.また走査型電子顕微鏡とX線回折装置を用いて,変色試験前後の試料表面を分析した.

・.実験結果

1.変色試験

1)各溶液における単独試料の色差

 3種溶液中におけるTi,Ti64,TNTZ,AUM20単体の色差をFig.3 に示す.AUM20の色差は3種溶液中,いずれにおいても変化はなく1.5以下であり,ほとんど変色が認められなかった.しかし,0.1MNaF溶液中でのチタンおよびチタン合金の色差は,Ti64が20と大きな変化を示し,さらに0.3MNaF溶液中ではTNTZが29と大きな変化を示した.これらは,肉眼でも青紫色の変色として認められた.

        

Table.2 Test solutions

Fig.3 Color differences of four kinds of alloy in

    three kinds of test solution

2)接触,非接触状態における各試料の色差

 0.9%NaCl溶液中での接触,非接触状態における各試料の色差をFig.4 に示す.グラフ右側がAUM20,左側がTi,Ti64,TNTZの色差を示す.いずれの材料および接触状態においても色差は4.5以下であり,肉眼的にも確認できないほどのわずかな変化しか認められなかった.

 0.1MNaF溶液中での接触,非接触状態における各試料の色差をFig.5 に示す.Ti,Ti64,TNTZの色差は接触状態で6,非接触状態で9以上と,接触状態に比較し非接触状態での色差は大きくなる傾向が認められた.またTi,Ti64,TNTZの変色が大きい場合,AUM20の変色も大きく,単体時より大きい色差を示した.

       

Fig.4 Color differences of four kinds of alloy

Fig.5 Color differences of four kinds of alloy

    in 0.9%NaCl

    in 0.1MNaF

 0.3MNaF溶液中での接触,非接触状態における各試料の色差をFig.6 に示す.Ti,Ti64,TNTZの色差は接触状態で7,非接触状態で13以上と,接触状態に比較し非接触状態で大きな色差を示し,さらにAUM20も,単体時より大きい色差を示した.0.3MNaF溶液中での変色は,0.1MNaF溶液中と同様の傾向を示した.さらにTi64では肉眼で容易に観察できる黒く変色した部位も認められた.

2.試験材料の表面分析

 Fig.7 にTi64,AUM20の浸漬前と,非接触状態で0.3M NaF溶液に14日間浸漬し,最も大きな色差を示した試料のSEM像を示す.左に弱拡大像,右に強拡大像を示す.14日後試料では,多角形の結晶粒が金属表面に付着している像を確認することができた.また,このAUM20をエネルギー分散分析装置にて元素分析を行ったところ,浸漬前に比べTiの含有量の増加が認められた.このことから,Ti64表面に生じた変色生成物がAUM20に付着したものと推察される.

今後この変色生成物に関しては,詳細に検討していく所存である.

Fig.6 Color differences of four kinds of alloy

Fig.7 Surface analyses by SEM

    in 0.3MNaF

       

 Fig.8 にTi64の浸漬前,0.9%NaCl,0.3MNaF溶液,14日間浸漬後のX線回折図形を示す.0.3MNaF溶液に14日間浸漬した試料にてフッ素化合物と考えられる回折ピークが認められた.他の試料では,下地の金属以外の新しい回折ピークは認められなかった.

・.まとめ

1.NaF溶液浸し前後で単体試料の色差を測定した結果,3種チタン合金では経時的に大きく増加したが, AUM20ではわずかであった.

2.各溶液中で,3種チタン合金試料とAUM20との接触状態を変化させ,試料の色差を測定した結果,3種チタン合金とも非接触時の色差が接触時に比較して,大きくなる傾向を示した.

3.AUM20 の色差は,Ti および Ti合金と組み合わせることにより増大した.

4.Ti64とAUM20を非接触状態で0.3MNaF溶液に14日浸漬した結果,両者とも,試料表面に変色生成物が認められた.

 今回の研究により,Ti,Ti64,TNTZはフッ素イオンと反応し,不働態被膜の形成を阻害し,変色しやすい環境を引き起こすことが確認された.さらにAUM20とTi,Ti64,TNTZの組み合わせで用いた場合,変色しやすい状態となる可能性が示唆された.

Fig.8 X-ray diffraction surface patterns

Fig.9 Results of this study


質疑応答

[0001] 木内 陽介 (徳島大学工学部 )
Yohsuke Kinouchi (Faculty of Engineering, The University of Tokushima ) kinoiuchi@ee.tokushima-u.ac.jp 磁性ステンレスの変色はTi合金等と組合せると単体の場合に比べて変色が若干大きいようですが、変色そのものはTi合金等単体のそれと比べてかなり小さいように思われます。この結果から、変色に関して、磁性ステンレスはインプラントキーパとして十分に使用可能であると考えてよいのでしょうか。 --- Sat Feb 16 20:44:33 2002

[0002] 水谷 紘 (東京医科歯科大学大学院 摂食機能構築学分野  ) Hiroshi Mizutani (Graduate School Tokyo medical and Dental Univ. Section of Removable Prosthodontics ) mztn.rpro@tmd.ac.jp 1.本実験では試料をNaF溶液に浸漬する期間が最長でも14日ですが,これを100日とか200日と長くすると変色生成物は増加するのでしょうか 2.本インプラントシステムでは磁性ステンレス鋼を加熱して用いることはありませんか --- Mon Feb 18 19:04:15 2002

[0003] 彦坂 達也 (愛知学院大学歯学部 歯科補綴学第一講座 ) hikosaka tatsuya (The First Department of Prosthodontics,School of Dentistry,Aichi-Gakuin University ) hikohiko@dpc.aichi-gakuin.ac.jp 木内先生,ご質問ありがとうございます.  磁性ステンレス鋼は,インプラントキーパーとして使用可能であると思います.しかし,口腔内に頻繁に使用されるフッ素に対して,チタンが反応し変色しやすく,それに伴って磁性ステンレス鋼も影響を受けることが考えられますので,実際に口腔内でチタンと組み合わせで用いる場合は,当該部の清掃,洗浄等が特に重要になるものと考えます. --- Wed Feb 20 14:27:39 2002

[0004] 彦坂 達也 (愛知学院大学歯学部 歯科補綴学第一講座 ) hikosaka tatsuya (The First Department of Prosthodontics,School of Dentistry,Aichi-Gakuin University ) hikohiko@dpc.aichi-gakuin.ac.jp 水谷先生,ご質問ありがとうございます. 質問1の回答  5.0MNaF溶液で28日間浸漬を行いましたが,変色の増加量は減少する傾向がみられました.今回電位差の測定は行っておりませんが,日を追うごとに両者金属のアノード反応が弱まり電位差の小さい状態に向かう事が考えられますので,長期間に特に高度な腐食が発現する可能性は小さいものと推察されます. 質問2の回答  本実験は既製のチタン製フィクスチャーに専用の既製キーパーをネジ固定する技法を前提としております.よって,磁性ステンレス鋼をチタンあるいはチタン合金と鋳接する様な用法は想定しておりません. --- Wed Feb 20 14:30:07 2002


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